読めないコロナと馬鹿についてと東京・吉祥寺について思うこと

コロナの猛威が続いている今日この頃。
収まる気配は読めません。。
そもそもどのタイミングで収まったと判断していいものなのか。

始まりの地であるとされる武漢では街封鎖が解除されたなんて話もあるけど、安心なんてできる状況ではないんだろうなと毎日国内外のニュースを観てて思う。

緊急事態宣言が出ました。不要不急の外出はやめましょう。三密(密集・密閉・密接)を避けましょうといくら広範囲に叫んだところで、守らない人は守らない。
とっくに身近な危機になっているはずなんだけど対岸の火事だって気分から抜けられない。

後悔先立たずとはいうけれどホントそうで、実際に自分か近しい人がコロナ感染重症化でもしなきゃいつまでも「自分だけは大丈夫」なんて幻想を信じ込む。

辛辣なことをいうけれど、馬鹿は死ぬまで治らないんだなと。
そして馬鹿は死んでもわからないんだろう。

正直、自分だけは大丈夫幻想を抱いている人が感染して亡くなったところで自己責任だろうとは思うし特に同情もしないけれど、亡くなる過程で周囲に被害を撒き散らすからやめていただきたい。

あなたが気にしないことを周りが気にしているということ。
幻想をもてるだけの妄想力があるなら、周囲への影響力も想像しましょうよ。

で、本題。

東京は吉祥寺ですが、なるほど、都内屈指の人気スポットではあります。
ネットニュースを全て鵜呑みにするわけじゃないけど、人で溢れかえっていたと。

…不要不急ってなんなんでしょうね?

世の中にはテレワークのきかない業界もあればいまだに昭和体質で出社してなんぼみたいな馬鹿な会社もあるけれど、そういった外出はまぁわからなくはない。
従業員も嫌々ながらも生活維持の上では仕事を放り投げるわけにはいかないだろうし。

ただ、日曜日の吉祥寺なんて大体の人はプライベートで来てるだろうと思われます。

訪れた人の全てが馬鹿なはずはありませんが、大半は馬鹿どもになりますね。

巻き込むなよ、周りを。

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