価値観

わたしは損得勘定で生きる人間です。
優しいと言われることもあります。

人に食べものを奢ったりすることにも特に抵抗はないし、そういう機会の時余裕があればお金は出したりします。

どういうところが損得勘定か?

まず、価値ってお金だけじゃないです。
人とのやりとり。普段の振る舞い。
こう言ったことで得られる信用とか信頼は、目には見えないだけで立派に価値あるものです。

いま余裕がある。だから相手になにかする。仕事の手伝いでも、おつかいでも、ごちそうする事でも。
お金は減るかもしれない。
でも、信用とか信頼は貯まる。

お金だけが価値基準じゃない。
同様に、目に映るものだけが価値あるものでもない。

金銭ももちろん重要だけど、対人関係の信用・信頼も価値として重要。

仮に2人でやった仕事で100万の成果を得たとして。
通常は50万ずつでしょう。
100万総取りなんてしたら、組んだ相手は2度と一緒に仕事してはくれません。

とはいえ50万ずつで割れるほどきっかり平等な仕事量だったのかというと、大体のケースは違うでしょう。
わたしだったら、相手に多少多く持たせます。

6:4くらいにして相手に6持たせたいところですが、正直なところは5.5:4.5くらいになるかもです。
それでも、基本的には相手に多く持たせたいです。

そうする事で、相手がいつもわたしと接するとき上機嫌かもしれない。
なにかあったとき声をかけてくれて助けてくれるかもしれない。
有益な情報をくれるかもしれない。
ごちそうしてくれるかもしれない。
こんなふうに、いい事だらけじゃないですか。

相手とこうしてつき合うことは、お金では買えません。
でもこれらも価値です。

日頃の行いがこうした価値を産みます。

結果的に初めの100万よりも大きな価値になると思ってます。

長々と書いてきましたが、わたしは、相手にとって良い思いなり体験をしていただく事で後々自分にいい思いが返ってくると信じてるわけです。
見返りを求めてってわけではないけど、見返りをいつか期待して。
見返りがなくたって拗ねたりもしません。
そういうものじゃない。

なにが言いたいかというと、わたしはそうした損得勘定で生きている生きものなわけです。
物心ついた時から。

価値は金銭のみにあらず。目に見えるものだけにあらず。

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